私たちの業界では、プラセボ(偽薬)という言葉があり、文字通り薬効成分の無い偽物の薬を指します。普通ならプラセボを飲んでも効果は出ないはずですが、私たちの身体は不思議なことに偽物の薬でも効く人が存在し、これをプラセボ効果と呼びます。一方でまったく同じ薬なのに、医療者の説明などによって効かなくなるケースも存在し、こちらはノセボ効果と呼ばれます。私個人は現在このプラセボ効果やノセボ効果を前向きに応用したいと考えており、極端なケースでは薬を使わずに病気が治るかもしれません。これだと副作用の起こる確率は基本的にゼロですから究極の安全な医療と言えるでしょうね。
その夢のような治療は精神医療の分野ではごく普通に行われています。精神療法・心理療法・カウンセリングなどと言われており、簡単に言えば『言葉の薬』となるでしょうか。ただ、言葉の薬を使う精神科医が少なくなるような危惧を抱くのは私だけでは無いと思います。脳科学や新しい精神病薬の開発など科学の進歩と両立できるのが理想なのですが。
話を戻します。先週参加した日本家族研究・家族療法学会では大会長が筑波大学の斎藤環教授だったこともあり、『オープンダイアローグ』という精神療法・心理療法・カウンセリング(これ以降は心理療法で統一します)にどっぷりと浸かった内容でした。オープンダイアローグはフィンランドで開発され、統合失調症の治療に一石を投じている心理療法です。統合失調症の治療では、薬物を使うことが当然として理解されていますが、報告によるとオープンダイアローグを取り入れることで薬物を使用する人の割合は約3割で、残りの7割は全く薬物を使用しないにもかかわらず、通常行われている薬物治療の患者と同等以上の効果が上がっているのです。
この報告に驚いた精神科医の一人が斎藤教授で、オープンダイアローグ開発に関わって来られたセイックラ教授を招待した学会が行われたのです。オープンダイアローグの詳しい説明は省略しますが、概略は複数の専門家を交えた家族療法・グループ療法と言えます。もっと砕けた言い方なら、療法と言うよりはミーティングに近い感覚でしょうか。セイックラ教授も盛んに「ミーティング」という表現を用いていました。でもミーティングと言うと、大抵は「何だ、たかがミーティングか。」となる陽気感じますが、コミュニケーションの持つパワーを知る者として「たかがミーティング、されどミーティング!」と言っておきます。
オープンダイアローグ、この心理療法のポイントの一つに「オープンな場、オープンな雰囲気、オープンな情報」があります。不思議なことに、このオープンさが統合失調症患者の脳内で治療的な働きをするようです。統合失調症に限らず、いろいろな病気で患者会が活動しています。患者会で語ることや他の人の話を聞くことが治療的な側面を持っているとも言われています。ミーティングや患者会の魅力は、こんなところにもあるのですね。
ほとんど薬を使わないオープンダイアローグ、単なるプラセボ効果では説明できないでしょう。この心理療法をもっと広めるには科学的検証に耐えるデータを、さらに充実させる必要があります。薬でしか回復の見込みがなかった統合失調症が、薬を使わずに安定した生活が送れるまで回復するとしたら、すごいことだと思います。
適切な薬物治療の提供は薬剤師の重要な仕事ですが、安全な治療を考えると最近の私は『言葉の薬(=心理療法)』の研究・実践にかなり傾いています。前向きにプラセボ効果を利用し、今後も多くの方のいろいろな相談に対応したいと考えているのです。
「人は誰でも、病気・症状を回復させる力を持っている」、このように実感することが増えている今日この頃です。
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新潟県長岡市 相談薬局 ひろはし薬局 廣橋義和(薬剤師・心理カウンセラー・新潟薬科大学臨床教授)
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